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働き方改革 50年前は週6日労働・長時間残業当たり前

かつての高度経済成長期の時代。「ハナよりダンゴ、ヒマよりオカネ」「週休二日制は、サラリーマンの夢」という時代であったことを最近知った。昭和30年後半・40年代前半生まれの50代の方々が生まれた時には、我々の父親は今とは比べものにならないくらいに働いていたのだ。この高度成長期では。深夜1時から営業会議、朝礼で「軍艦マーチ」歌うといったことが行われていたようだ。1970年くらいの話である。この話は、下のリンク先からの引用であるが、このリンク先には「人間管理室」でストレス発散させられる社員たちという記事を是非読んでもらいたい。

あなたにもある!無意識の中で働く「防衛機制」

人間が持つこうした「防衛メカニズム」を知り、まずは管理職たるものがこうした「防衛メカニズム」を部下たちに見本を示さないように「自分の防衛メカニズム」の特性や自分が無意識している行動特性を把握することから始めていくことが必要だ。部下たちは、我々管理職の行動や言動をしっかり見ている。我々管理職は、部下にとっての反面教師とならないように隙を見せてはならないのである。

付き合う人で人生は変わるのか?50代、これから良い人生を歩むために

50代に入って、自分の人生を振り返ること幾度ともなくあったと思う。もし~だったら、とか、もし~であれば、とかそんな思いをしたこともあるが、今、自分の周りにいる人も含めて、自分の人生に大きな影響を及ぼしたと思う人がたくさんいる。そう考えると、つきあう人で人生が変わる、ということを受け入れざるを得ないのでは ないだろうか。こうした人の人との付き合いに対して代表的な故事が二つある。ひとつは、「朱に交われば赤くなる」もう一つは、「類は友を呼ぶ」この二つだ。

過剰反応をしてしまう哀れな人々

どの会社にも、絶大な権限・権力をもった人物がいると思う。その人物の行動や言動次第では、組織の栄枯が決まってしまう可能性がある。その一つに、絶大な権限・権力を持った人物に対する過剰反応によるコストの発生が挙げられる。大抵の上級管理職は、自分のよりさらに上の上席から「怒られない仕事」をしようと常日頃から神経を集中している。これを過剰反応と私は指摘したい。こうした人々が出す過剰反応がさらに下層に位置している社員の生産性を低めているメカニズムを理解し、改善をしようとする上級管理職は、残念ながらわが社には見当たらないのが事実である。

サッカーワールドカップ 日本の“つまらない”パス回し

昨晩、子供達と日本対ポーランド戦をテレビで観ていた。この試合を観ていた方も多いだろう。試合が終わると次のようなニュースが掲載されていたので、読んでみた。この記事を否定するつもりはない。しかし、無理にゴールを狙い、ボールを奪われてポーランドにゴールを決められて一次予選を敗退した場合、日本代表への非難が起こると私は思う。

上司が無能だと思うとき 特徴をあげてみる

自分の上司を「コイツ、何言ってんだ?」と誰もが思ったことを少なからずあると思う。私だけか?「日本の企業はボトムアップ型なのか?」について以前記事を書いたのだが、具体的な指示やゴールを明確にせず、部下が考えた施策や企画を評論して、自分の上席が承認するような体裁に整えることが得意な上級管理職がいる傾向にあると 評価した。無能な上司は、抽象的な指示を出し、アウトプットが自分の意図と乖離があった場合に良く使う無能な上司の言葉は「私の言ったことを良く考えたのか?」である。

自分の心との対話でわかったこと 「無意識的行動」の影響

自分の行動には、「意識」して行動することと、「無意識」に行動することの二つに分かれる。特に「無意識」に行動していることは、当然自分がきづかず、相手は気づいているということになるのだが、場合によっては自分の「無意識」に行動していることが身近な相手に大きな影響を及ぼしている場合があることを知っておくと人間関係を悪化させることなく良好な関係を維持できる可能性が高くなる。

会社における防衛コストについて

防衛コストと聞くと、国防に対するコストと勘違いしそうだが、ここで言う防衛コストとは、組織内における防衛コストの事である。人間には、危険から自分の身を守るという本能的に反応するといった「防衛本能」というものがある。例えば、親に怒られるから悪い点数だったテストの答案用紙を隠す、上司に怒られるからお客様とのトラブルの事実の報告がいうのをためらう、といったことだ。特に後者においては、その報告が遅延することで組織に取って大きなダメージを与える可能性もある。これらは一例だが、会社で日々発生している人間の防衛本能が生産性を落としている事実についてどれだけの方が認識しているのか、私は疑問に思っている。

自分の行動 反省と内省

前回の記事では、「自分が発する情報に対し、相手が反応する」ということと、人間関係においては、自分が発した情報が今後の関係性に影響を及ぼすと書いた。そして、無意識にとっている自分の行動は、「自分の心」との対話によって、理解を深めることが出来であろうとも書いている。そこで今回は、自分の心を振り返るという ところを少し掘り下げた記事を書こうと思う。

人間関係がうまくいかない 自己診断 「情報発信」

誰にも関わらず、ひとりで生きている方もいらっしゃるかも知れないが、大抵の方々は人と関わりながら生きている。家族・職場・学校という環境もあれば、友人・知人・親戚といったつながりもある。人間関係でうまくいかない場面は、こうした環境やつながりの中で感じることが私にも多々あるが、その原因を相手に求めることが多く、場合によっては100%、相手が悪い!と思ったこともしばしばある。人間関係がうまくいなかい場面においては、相手の反応が自分にとって好ましくないため、どうしても感情的に成らざるを得ないが、相手の反応が自分が発信する自分のイメージという情報を相手が受信した結果と仮定するならば、人間関係を良好にすることも可能ではないか?そんなふうに考えてみたいと思う。

デジタル化の問題点 デジタル化を阻んでいるのはあなたかもしれない?

デジタル化を進めている企業は今では珍しくないと思う。私の会社でもデジタル化は大きな波となって、関連企業も巻き込み大転換期を迎えているような感じだ。しかし、関連企業のシステム担当者の話を聞くとそのデジタル化の波に乗れない、あるいは取り残される社員の存在の話を良く聞く。ここで浮かびあがった問題がある。それは、 「変化を恐れる保守的な社員」の存在だ。

部下を潰すリーダーの特徴とは?

仕事といいつつ、部下を追い込み、その部下をストレスで潰してしまうというリーダーが存在する。私の上司がまさにそのタイプである。このようなリーダーは、周りから「切れ者」と称されることが多いが、実は仕事の効率良く、成果を出すという表向きの理由を言い訳にして、自分の評価を最優先にするといったタイプであると私はそう捉えている。何故なら、意見の完全否定人前での罵倒小部屋での説教の繰り返しを行うからである。この繰り返しをされた部下は、かなりの高い確率でメンタル不全に陥ってしまうはずである。

【無能な上司】なぜ増える?無能な上司のその特徴とピーターの法則

無能な上司・・・かつては優秀な成績を挙げた営業マンであっても、支店長や部門長となって有効な組織に仕立て上げ、会社の業績を高めていく、そんなことは当たり前ではないことを50代の我々会社員は良く知っている。優秀な人材と評価され、いざ管理職に就いたら会社が期待している働きが出来ない人材がなぜ、出現するのか?ビーターの法則は、その背景をきちんと解説している。とても興味深い法則である。

人間は孤独に耐えられない?

50年も生きていると、孤独感を感じたことが少なからずあるだろう。一番印象に残っているのが、「管理職」になった時だ。かつての同僚の視線が、今までのようなものではなく、何故か「冷たさ」を感じたものであった。 当の本人は、「管理職」になったことで、偉ぶったり、あるいは高圧的な態度を取ったりしたつもりは全くないが、それにしても不思議と彼らの視線に冷たさを感じるようになった。

「出会い系おじさん」が50代で急増?

少し前の記事となるが「出会い系おじさん」が50代で急増、彼らに迫るリスクとは?という内容の記事を読んだことがある。ネットで「50代 出会い系」と検索をかけるとこの記事が上位に表示されるが、その他の検索結果は、50代男性の下心を誘うようなタイトルがずらりと並んでいる。50代の既婚者ともなると、結婚して数十年経過した方が多いと思うが、新婚当初の姿から変わり果てたパートナーに幻滅をしたり(お互いに)、あるいはコミュニケーションが悪化し、会話すらないというようなこれまでの結婚生活にネガティブな感覚を持っている夫婦が多々存在すると思われる。

自分の身に起こったことをどのようにとらえるか?

人間生きていると、楽しいことや辛いことなど様々なことを経験する。例えば、階段で足を踏み外して転びそうになったといった小さなことも含めると相当な数になると思う。この階段で足を踏み外した事例の場合、私ならどのように捉えるのかというと、「今日一日、普段以上に慎重に行動しよう!」というように考えることにしている。そうすることで、今日一日に自分にとってネガティブな出来事がなくても前述のような考えかたをしたからこそ、 平和な一日を過ごせたと解釈するようにしている。