Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!

【人間関係】傾聴する心と大切な姿勢

スポンサーリンク



50年も生きていると、

人間関係で悩んだことは多々あると思う。

同性でも異性でも同じ。

何気ない一言が相手を嬉しく感じさせたり、

逆に怒りに繋がったたりする。

最近、

気持ちや考えをすぐに表現出来にくくなったのは、

相手の気持ちを考えてから話す

自分を印象良く見せよう

そんな気持ちが混在しているかのよう思えてならない。

ただ、

相手の立場になって物事を考える

という姿勢は崩したくないものである。

【人間関係】傾聴する心について

対面した相手に自分の気持ちや考えを話し、

理解してもらうには、

言葉の表現一つひとつに注意が必要である。

それも、

相手との人間関係の深さや互いの理解度によって

話す言葉が異なっている。

例えば、

親しい友人なら「そのくらいでいいじゃん!」

と表現するが、

上司に対しては「このレベルで如何でしょうか?」

となる。

このくらいの切り替えは

ビジネスパーソンなら至極当然ではあるが、

この言葉の変換には人によっては、

かなりの神経を使うのだろう。

傾聴する心の大切さ

世界に自分一人だけなら、

気持ちを伝える相手がいないのだから、

この記事に書いていることは

全く無意味となってしまうのだが、

悲しいかな、この世に生を受けてから

他の人との何らかの関わりを持って

生きざるを得ないのが宿命である。

今ご覧頂いているブログは、

私のように私見を意のまま綴っているのも多いし、

書き手の一方的な情報発信にも見える。

しかし、実はブログも

ツイッターやインスタ、YouTubeといったものと同様に

SNSと同じ種類なのである。

記事に対するコメント欄が

設けていない設定をしているSNSは、

運営者が閲覧者・視聴者とのコミュニケーションを

取りたくないという意思表示である。

コメント欄が設けられている場合は、

運営者が閲覧者・視聴者とのコミュニケーションを

想定してると考えても良いだろう。

こうしたコミュニケーションが成立するためには、

お互いに傾聴する心がまず必要だと思う。

10代の頃だっただろうか、

自分の意見を押し通すことだけを考え、

相手の話など聞く耳を持たなかったことが多々ある。

これでは、平行線を辿るばかりか、

人間関係を壊すきっかけとなり兼ねない。

いつしか、組織では良好な人間関係の構築が

自分にとっても重要な要素であることに気づき、

相手の意見や考えを理解しようする姿勢が芽生えた。

相手に自分が傾聴する心を持って

接していることがわかると、

大抵の方は、相手も聞く耳を持ってくれることも

わかった。

もちろん、私と同じように数々の仕事や

人生経験を積んで来た方々なので、

こうした傾聴する心を持って当然だと言う考え方もあるが、

やはり傾聴する心は、

相手の年齢など関係なく常日頃から持ちたいと考えている。

人間関係は、

良好なコミュニケーションがベースとなっているからだ。

傾聴する心に加えて

自分の気持ちを表現する場合、

そのシチュエーションによって困難な場合がある。

親しい友人や同僚なら、

割と神経を使わずに普段使っている言葉で

何となくコミュニケーションを取ることが出来、

緊張・神経を使うという心理になることは

ほとんどない。

しかし、これが上長となると話が異なり、

社内的に地位の高い立場の上長が相手となると、

言葉一つひとつを選んで話すという心理になる。

当たり前と言えば当たり前だが、

誤解を招く表現は出来ないと言う自分に縛りを持ち、

会話をするからだと思う。

最近は、

こうした上級管理職と打ち合わせをする機会が多いため、

経験値が上がり、数年前とは緊張度は高くない。

また、事前準備の質も上がったせいか、

さらに図々しさも加わり、さほど構えて打ち合わせに臨むことも

少なくなってきたようだ(笑)

ただし、

こうした上級管理職に納得してもらう企画なり

施策をプレゼンすることは、

その上級する管理職の構想なり考えを出来るだけ理解し、

そこに自分の意見や考えを入れて

アウトプットをすることが要求されるため、

前項に書いた傾聴する心に加えて、

「相手が何故、このようなことを話すのか?」

という言葉の背景にある考えや思想も

同時に理解することが必要となってくる。

私の周りでは、上級管理職の話しから

「言葉」だけを捉え、企画や施策の承認が得られず、

場合によっては怒られるという場面に何度も遭遇した。

例えば、

社長[私が責任者だった頃、この手の広告をよく出していたのだが?」

役員「わかりました。一旦持ち帰って再考してみます!」

という単純な会話の結果、

役員「以前出していた広告を復活させました!」

社長「….」

というシチュエーションとなり、

その役員は数カ月後、他の会社に出向となった。

笑い話に思われるかもしれないが、

実際に私の目の前で起こった事実である。

自分を評価されたい

やったことを認めてもらいたい

という心持ちがその上級管理職が話した真意を

捉えようとしなかったことが

部下にとって望ましくない結果を招いたと思っている。

傾聴する心に加えて、

相手が何故、そんなことを言うのか?

こうした言葉の背景にある何かを掴み取るよう

意識してコミュニケーションを取る姿勢が

必要だと感じている。

【人間関係】傾聴する心について まとめ

日々、必ず誰かと会話をしている。

会話一つでその人の考え方や価値観、場合によっては

生き様など様々な情報を交わしているとも言える。

50を過ぎると友人の存在がとても大きくなる。

こうした自分にとって大切な存在である友人たちは、

これまでの互いの

コミュニケーションの積み重ね

で出来た人間関係である。

そこには、お互いに相手を理解し、

相手を受け入れる土壌があるから成立しているもの。

これは夫婦関係も同じであると思う。

相手の言動や行動を見て、

自分に対する気持ちや愛情を感じ取り、

そこで自分の物差しで感じたものを図り、

愛されている・大事にされている

愛されていない・大事にされてない

という判断をするのは、自然なことである。

そのため、

感謝の気持ちや愛情表現

と言うものがあると

お互いの理解度が深まることは事実である。

一方、

生活を維持するためにお互いに働いている、

そして生活が維持されているという現実を

どう捉えるのか。

これは、生活を維持したいと言う気持ちがないと

出来ないことであるし、

生活を維持したいと言う気持ちは、

自分が大事にしたいというパートナーや

子供と言う存在があるからではないだろうか。

大事したい、これからも一緒に時間を共有したい

という気持ちがなければ、

生活を維持するところか、別々の道を歩むことを

選択すると思う。

相手の言葉に傾聴する心は大切である。

そして、表面的に出てくることの無い

相手の心にある自分に対する気持ち

も同時に汲み取ろうとする姿勢も持ちたい!

そんなふうに思いながら書いた記事である。

最後までお読みいただきましてありがとうございました!