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あなたはどう考える?「延命中止」という新たな選択

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あなたはどう考える?「延命中止」という新たな選択

ネットニュースの話題に

という記事を見つけた。

父は延命治療を望まなかった

私の父が”癌”治療を受けていた。

抗がん剤の副作用で間質性肺炎を発症し、

人工呼吸器を装着すれば、

延命できるという医師の説明があり、

父にその提案を説明し、呼吸器の装着を進めたが・・・

「俺はつけない!」

と一言。

このように本人の意思の確認が取れれば、

良いのだが、

意識不明や認知症などと言った場合、

本人の意思確認が出来ない時は本当に困る。

正直に話すと、一番良いパターンは

完全治癒か天国へ旅立つの

いずれかだと思う。

つまり、家族の負担がなくなることが

家族にとって一番の望みではないかと考える。

家族の本音

完全治癒が最も望ましいことには違いない。

元気になって、

元通りの生活を共に送るのが

家族全員が望んでいることだ。

しかし、延命治療ともなると、

経費・時間を家族が分担。

生きている人に負担をかけることになる。

特に経済的な面における負担は

決して軽くない。

このように考えれば、

まだ会話が出来る状態のうちに、

延命治療を望むか

望まないか、

という本人の意思表示をさせるような

ルールがあっても良いと考える。

交通事故に遭い、

臓器提供をするかしないか、

その意思表示の確認と同じだ。

生きる喜び

これからますます老老介護の世帯が

増加していくと思う。

数年前、祖母が96で逝去した。

祖母の晩年は、

認知症にかかり施設では

かなり扱いに苦労したと思っている。

介護施設の職員の方々から

祖母の様子について伺った時に、

本当に面倒をかけていると感じた記憶がある。

祖母は当時、

生きる喜びを感じていたのだろうか?

介護疲れによる様々な事件が

頻発している中、

特に経済的余裕がない世帯は、

介護されている人も

介護している人も

生きる喜び

を感じることなく、

日々生活している方々が多いのではないか。

そして、母は80近くなる。

本人は、

元気で介護が必要な状態ではないが、

いずれ介護をする場面が来るだろう。

その時は、私はおそらく60を超える。

体力的にもかなりしんどいだろう。

80を超えた介護が必要な母をもつ

私の友人がいる。

彼は、月20万円を介護施設に納めている。

兄と分担しているが、

兄は家庭を持ち、友人は独身である。

こうした経済的支援が可能であれば、

友人兄弟も彼の母も

普段の生活に支障なく

生きていくことが可能である。

表現こそ適切ではないが、

お金で普段の生活を確保

しているといえよう。

冒頭にご紹介した記事は、

他人事ではなく、

自分ごとのように捉えると、

やはり経済的なゆとり

出来るだけ早く持たなければならないと

感じた。

自分自身の老後の生活の含めて。

最後までお読み頂きありがとうございました!