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人間は孤独に耐えられない?

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人間は孤独に耐えられない?

50年も生きていると、

孤独感を感じたことが少なからずあるだろう。

画像引用元:https://goo.gl/bHNfWq

一番印象に残っているのが、

「管理職」になった時だ。

かつての同僚の視線が、

今までのようなものではなく、

何故か「冷たさ」を感じたものであった。

当の本人は、

「管理職」になったことで、

偉ぶったり、あるいは

高圧的な態度を取ったりしたつもりは

全くないが、

それにしても不思議と

彼らの視線に冷たさを感じるようになった。

このように職場における孤独感を

感じるようになると

話す言葉に

遠慮や余計な気遣いをするようになり、

「管理職」として適切な指示や対応が

出来なくなってしまうことがある。

そのような人物を管理職に登用しなければ

良いのではないか?

という意見もあるかも知れないが、

そうだとしたら

最初から管理職として

養成するプログラム

会社で用意しておくべきである。

画像引用元:https://goo.gl/8V1J7i

私がかつて勤めていた出向元は

営業会社である。

営業成績が良ければ

課長⇒支店長といった出世コースを

辿ることが当たり前の風土である。

しかし、営業成績がいくら良いからと言って

管理職して優秀な成績を挙げることが出来る

組織づくりが出来るのかというと

決してそうではない。

私はかつての上司に人を動かせる

最大の必要要素は「人望」であると

聞かされてきた。

今でも私は「人望」が人を動かすための

最大のパワーを持っていると信じている。

画像引用元:https://goo.gl/j2LfHN

しかし、管理職、そして役員ともなると、

自分の言動や行動が組織に大きな影響を

与えることがあるため、

どうしても自分らしさを出す

場面が少なくなるのも事実である。

もっとも

こうしたバランス感覚を持たなければ

その社内的地位における役割を

担うことが出来ないとは思うが、

こうした苦難を乗り越えた人物こそが

組織にとって必要な人材出ることには違いない。

会社には様々な人間が存在する。

私のように出世欲があまりないタイプもいれば、

出世欲満々の人物も相当数存在する。

画像引用元:https://goo.gl/m4HmGB

類は友を呼ぶ、その言葉通り、

出世欲の高い人物は

同じような価値観を持った人物同士

集まりやすい。

しかし、

このような自然発生的なコミュニティは、

互いを牽制しながらもお互いに情報を得ようとする

人間模様が伺える。

私からすると、

なんと滑稽なコミュニティなんだろうな

という評価だ。

特に、役員クラスともなると

自ら感じる孤独感は中途半端ではないと思う。

それもそのはず。

自分に近寄ってくる人物の大半が、

「自分の出世に最大の関心」

を持っている輩達だからだ。

それを勘違いして、

自分が偉くなったと思う役員が存在するのは

とても残念である。

かつて、私の会社で役員として

その手腕を発揮され、

組織に大きく貢献した方と今でも親交があり、

先日も一杯交わさせていただいた。

その方いわく、

「お前が前にいた会社では、

俺が役員になるとたくさんの支店長が周りを

取り囲んで来た。」

「今、参与という形で残っているが、

その時に囲んできた人物のほとんどは、

会社であっても挨拶すらしない人間がほとんどである」

「所詮、そのような人間の集団なんだから

会社の業績が上がるはずもない。」

と仰っていた。

営業本部の最高責任者として数年、

私も一緒に仕事をさせて頂いた方だが、

私と同じように今でも親交がある社員は

たくさんいる。

その方は、当時を振り返ってみて

「孤独感」を味わったことがなさそうだ。

何故なら、

「自分が正しいと信じた道を曲げることなく

突き進んでいくタイプ」だったと私は拝察している。

本来、役員をはじめとする管理職は、

その方と同じように自分の信念を貫き、

「何が適切なのか?」を常に考え追求し、

利害関係者との調和に重きを置いて、

目的を果たそうする強い意志があるべきだ。

画像引用元:https://goo.gl/S3gqPT

だから、「孤独感」を感じることなく、

在任期間中は、周りに必要な人材を揃え、

彼らに指示するとともに

自ら動いて組織目標の達成に真摯に

取り組み続けてきたと感じている。

そのような中に置いては、

「孤独感」を感じる隙間すらなかったと

思っている。

このように考えると、

私も管理職という立場で仕事をさせて

いただいているので、

「信念」を持って仕事に従事していきたい。

家庭での「孤独感」

さて、会社では前述のような

姿勢で仕事に励むとして、

一方で家庭に入ると「孤独感」

感じる方もいらっしゃるかも知れない。

一戸建てに住み、

自分専用の部屋があるのなら、

まだ自分の趣味ややりたいことを自由に

出来る空間があるため、

一人でいることがむしろ有意義な時間を過ごせるため、

「孤独感」とは縁遠い方もいらっしゃると思う。

そうではなく、家族団欒の時間

楽しみにしている方にとっては、

妻・子供から相手にされない、区別されている

といったことを感じると「孤独感」を覚えてしまう

ことになると想像する。

参考記事:こんなことあるの? 「メシハラ妻に別室で食事させられる夫の悲哀」

参考記事にあるように、

子供と夫の食事を区別する妻がいるという

内容のものだ。

暴力・暴言とは無縁の夫の場合、

こうした待遇を受けると自宅が苦痛の場所

なってしまうに違いない。

男は、歳を重ねるにつれて、

子供返りする特性をもっていると考える。

年老いた父親を見ていると、

妻への依存度が高くなっていると感じる。

子孫を残すための機能が

夫婦ともに無くなると、

夫婦で居ることの意味がなくなることを

意味するため、

新たに夫婦としているための

「大義名分」のようなものが必要に

なってくるのではないかと考える。

しかし、長年仕事をしてきて

経済的に家庭を守ってきた夫が

その役割を終えた途端、

妻から別れを告げられるという「熟年離婚」

という言葉が流行ってから久しくなった。

つまり、経済的理由を除けば

女性は一人で生きていくことに不安を

感じない生き物であると言えるのではないか。

もちろん、世の中の女性全員がそうでないが、

言いたいのは男性より女性の方が高齢になった時でも

生きていく逞しい力を持っているということである。

まとめ

50歳を超え、あと30年くらい生きると仮定すると

「30年後には自分はどうありたいのか?」

を考えることが増えてきた。

その時は、孫も存在し、子供達と一緒に

楽しい時間を過ごしたいと思うし、

大切にしたい女性と穏やかな時間を過ごしたい

思う気持ちもある。

孤独死はしたくないと言う気持ちの顕れでもある。

このような理想を実現するためには、

健康を維持することが大きな課題だ。

年々、時間の経過が早く感じている。

だからこそ、

「今、何をやっておくべきか?」

孤独感を感じることなく、

経済的にも不安のない生活を送るために

必要な事を整理して、

日々暮らしていきたいと思うきょうこの頃である。